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宮崎地方裁判所 昭和52年(わ)152号 判決

被告人 佐藤壽

昭二五・七・一五生 漁船機関長

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右の刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、実兄が船長兼船主であるまぐろ漁船第八朝潮丸の機関長をしているものであるが、南方海域での約一ヶ月の操業を終えて昭和五二年六月一五日宮崎県日南市油津港に帰港し、翌一六日午前一〇時ころには水揚げ作業等も終つて帰宅(同県児湯郡川南町)を楽しみにしていたところ、船長からエンジンの点検修理に機関長として立会を命じられ、不満ながらもひとり同船に残つてエンジン納品会社の係員が来るのを昼食もせずに待つていたが約束の同日午後三時を過ぎ午後六時になつても係員が来ず、いらいらしながら待ちくたびれて日南市街へパチンコ遊びに出たが負けて帰船し、寝ようとしたが空腹を感じて夜食に出かけたりしたのち、同船に泊るべく帰つたが船室は暑苦しくて寝つかれなかつたので、船長が船員らの休憩用に借りている日南市油津町の借家に行つて寝ようと思い、翌一七日午前零時半過ぎころ下船して右借家に向う途中、同町一丁目五四番地○○方前路上にさしかかり折からの雨を避けて同人方の廂の下を通り抜けようとしたところ、ふと同人方の薄明が目にとまり縁側のガラス戸越しにカーテンを透かして屋内を覗いたところ、幼児を真中にして大人が両側に就寝している様子であつたので、咄嗟に右ガラス戸をゆさぶつて家人を驚かそうと思い立ち右ガラス戸に手をかけ動かすとすぐ開き鍵もかかつておらず家人が目を覚ます気配もなかつたことから、さらに屋内に立入り家人を驚かして午前中からのいらいらした気分を発散させようという気になつたが、素顔を見られてはまずいと考え、実兄のサングラスが船にあることを思い出し、すぐ前記第八朝潮丸に戻つてサングラス(昭和五二年押第四四号の一)を取り出し、次いで人家に入るのだからと切出しナイフ(同号の二)を持ち出したが、サングラスを掛けて試したとき素顔が分らなくなつたと思つて大胆になり、いつそのこと右切出しナイフを脅しに使つて金員を強取しようと考えるに至つた。そして、同日午前一時二〇分ころ、右金丸方に引き返し、同人方縁側から奥六畳間に至り、同所において、長女C(当時生後四ヶ月)および実母B(当時六〇年)と一緒に就寝していたA(当時二四年)の枕許に近付き、目を覚ました同女が大声をあげるや、右切出しナイフを右手に持つたまま、同女と右Bに対し、「静かにせんか。騒いだら殺すぞ」「赤ちやんが可愛どが」などと申し向けて脅迫し、同女らの反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、その際、同家には同女ら婦女子のみしかいないことを知るや、右Aに対しにわかに劣情を催し、仰臥したままの同女に「一発させろ」などと申し向けて乗りかかり、右手拳で同女の左顔面を一回殴打して静かにさせたが、再び同女が抵抗し始めたためその上腹部を右手拳で一回殴打するなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたためその目的を遂げないまま強姦を断念するとともに、すぐさま右暴行脅迫により極度に畏怖していた同女に対し、「金を出せ」などと申し向け、反抗を抑圧された同女から同女所有の現金一万一一二二円を強取し、その際、右暴行により同女に全治五日間を要する左頬部上腹部打撲症の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

なお、弁護人は、被告人に強盗の犯意が生じたのは強姦未遂行為後であると主張し、被告人も第三回公判期日から右同旨の供述をしているが、被告人は第一回公判期日に公訴事実を全面的に認め、また捜査段階においても当初から一貫して判示事実に添う強盗の犯意形成とその後の強姦意思の発生、これが未遂となるや当初の目的どおり金員を強取したという経過について詳細に供述(その任意性に疑いはない)しており、かつ、右の各犯意形成と行動の過程は自然で容易に理解しうるから、被告人の捜査段階および第一回公判期日における各供述は十分に措信できる。即ち、サングラスで変装し切出しナイフを携行して次第に大胆となつた被告人がどうせ他人の家に入つて家人を驚かすくらいならついでに金員を強取しようという心理になるのは自然の成行きであり、また夫婦と子供が寝ていると思つて強盗の目的(主人の側でその妻に強制猥せつや強姦行為に出ることは不自然であり、それまで一面識もなかつた被害者に「前から好きだつたよ」と言つたとしてもその場の方便に過ぎず、現に被告人はこれを意識していない)で女性の方から脅していたところ、婦女子のみと判り劣情を起して強姦に着手したが未遂に終るや、格別金員が目につく等の状況もないのに直ちに「金を出せ」と申し向けていることなどを併せ考えると、被告人は強姦行為に着手する以前から強盗の意図を有していたと認められるから、弁護人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

判示所為は、刑法二四三条、二四一条前段(有期懲役刑選択)に該当する。

未遂罪であるから、同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をし(ただし、強取行為が既遂であつて、数罪性の強い結合犯の場合であるから、短期は強盗罪の刑のそれによる)、更に犯情を考慮して同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をする。

未決勾留日数の算入につき、同法二一条を適用し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により、被告人に負担させない。

なお、検察官の主張は、判示所為を強盗致傷と強盗強姦未遂罪との観念的競合として処断すべきとする趣旨に解されるが、わが刑法が、強盗強姦罪について、その際の暴行により傷害の結果を生じさせた場合を特に規定していないのは、致傷の点は犯情として考慮すればよく、致傷の結果をも含んで単に強盗強姦の一罪として処断すれば足りるとの趣旨と解される(昭和八年六月二九日大審院判決、刑集一二巻一二六九頁、昭和一九年一一月二四日大審院判決、刑集二三巻二五二頁、昭和四五年二月五日東京高裁判決、高刑集二三巻一号一〇三頁参照)から、判示所為に対する擬律としては強盗強姦未遂罪として同法二四三条、二四一条前段のみを適用すれば足りると解する。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行当時精神異常のため心神耗弱の状態にあつたと主張するところ、前記各証拠によれば、本件犯行当時、被告人が航海中に蓄積した不安・緊張感から早く解放されたいという欲求がひとり居残りを命じられたことによつて満たされず、その不満といらいらした気持がうつ積し八当り的心理状態にあつたことは認められるものの、被告人の精神異常を窺わせる事実は全くなく、被告人が事前に変装用のサングラスや切出しナイフを準備しており、また、かなり鮮明な記憶に基づいて被告人が供述する本件犯行に至る経緯、犯意形成の過程、犯行の態様等にも不自然さはないことに徴すると、本件犯行当時、被告人の是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行為する能力が著しく減弱していなかつたことは明らかであるから、弁護人の右主張は採用しない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 米澤敏雄 円井義弘 木下徹信)

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